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仙台高等裁判所 昭和44年(ネ)137号 判決 1974年7月15日

控訴人

木村啓

右訴訟代理人

竹内三郎

被控訴人

土屋義博

土屋ハルコ

右両名訴訟代理人

古沢久次郎

主文

一、原判決を次のとおり変更する。

(一)  被控訴人らは控訴人に対し、各自二二二万五、〇〇〇円およびこれに対する昭和四一年六月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  控訴人のその余の請求を棄却する。

二、訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

三、この判決は、右一(一)に限りかりに執行することができる。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人らは連帯して控訴人に対し、二二八万五、〇〇〇円およびこれに対する昭和四一年六月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張および証拠関係は、次に付加するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

(控訴人の主張)

一、被控訴人土屋義博は、昭和四〇年六月一八日被控訴人土屋ハルコ外一名(以下被用者らという。)を使用して本件水田に除草のため粒状PCPを撤布させた。

二、被用者らは、同日本件水田約三反八畝(水深一〇センチ)に粒状PCP約一二キログラムを撤布したところ、原判決添付別紙図面(以下単に図面という。)甲、乙、丙各地点から畦を越えて溢水し、もしくは甲、乙、丙の各地点および丙L間の畦から水位差による横滲出があり、その水が水路を通じて本件養鱒場に流入したため撤布後約三時間以内に右養鱒場において養育中の控訴人所有の虹鱒約一、八〇〇キロが死滅するにいたつた。

三、右のような水田に粒状PCP一二キログラムを撤布すると、PCPはまもなく水に溶解し、約一時間後に虹鱒の致死量をこえる濃度となる。

四、前述のように甲、乙、丙各地点から溢水もしくは横滲出があつたことは、丙L間の畦の下の流水に虹鱒やえびの屍体があつたことからも明らかである。なお、チ点の元尻水口からの溢水等があつたとしても、KL間の水量が豊かなためこの水路の魚は生存しえたのである。

五、かりに本件養鱒場の上流において右死滅前七ないし一〇日前にPCPを撤布した事実があつたとしても、一般にPCPは水田に撤布されたのち二、三日で無毒となるのであるから、右上流における撤布が本件鱒の死滅の原因となることはない。

六、本件虹鱒の死滅について右被用者らには次のような過失がある。すなわち、山形県農業改良課では農民に対し、PCPは魚毒性が強いから、その使用にあたつては、養魚を目的とする河川湖沼、池など薬液が流入して被害を生ずるおそれのあるところでは使用しないこと、もし使用するときは、約一週間位は、溢水、横滲出のおそれのないよう完全な措置を講ずべきことを指導している。従つて、被用者らとしては、本件撤布にあたり、畦を高くし、上下尻水口を閉鎖し、さらに畦をビニールで被覆するなどして溢水、横滲出を防止するとともに、撒布前に予め控訴人に対し撒布の予告をなすべき注意義務を有していた。しかるに、被用者らは右注意義務を怠つたため本件のような被害が発生するに至つた。

七、被控訴人土屋義博は、右被用者らの使用者として民法七一五条により、同土屋ハルコは行為者として同法七〇九条により、右虹鱒の死亡により控訴人のこうむつた損害を賠償すべき義務を有する。

八、かりに右主張が理由がないとしても、被控訴人らはPCPが強い魚毒性を有する危険な薬品であることを充分認識していたのであり、PCP撒布後一ないし二時間後にそのすぐ下流の魚がPCPらしきものの毒性により死滅したことがかなり強度に推定される本件のような場合には、当然被控訴人らの無過失責任を肯定すべきである。

(被控訴人らの主張)

一、被控訴人の前記主張のうち、被控訴人土屋義博が被用者らを使用して昭和四〇年六月一八日本件水田に粒状PCPを撒布させたことは認めるが、その余の事実は争う。

二、本件鱒の死滅は、右撒布にかかるPCPに基因するものではない。すなわち、

(一)  本件撒布にあたり、本件水田の入水口、排水口を完全に閉鎖し、田の畦の高さは三〇センチ、水深一〇センチであつたから、本件水田の水は静水であり、しかも温水するおそれは全くなかつた。

(二)  本件事件発生直後調査したところによると、LK間、甲、乙、丙各地点、丙L間に溢水、漏水の痕跡はなかつた。

(三)  粒状PCPは撒布後直ちに水田の地面に落下して水面に浮かぶことはなく、それは三時間後においても容易に溶解しないし、溶解した水が畦等から滲み出る場合には泥に吸着されて毒性が低下するのである。またかりに撒布後三時間後に溢水したとしても、地面に吸着した粒状PCPは移動しないし、粒状のままで畦から滲み出ることはありえないのである。

(四)  本件鱒の死滅の原因として、(イ)本件水田の上流において約一週間前に農薬を撒布しており、本件被害発生時その撒布水の排水期であつたら、その排水が丙L間の水路を通り本件養鱒場に流入したことによるか、(ロ)控訴人に何らかの怨恨を有する者が本件養鱒場にPCPを投入したことによるものかのいずれかが考えられる。

(証拠関係)<省略>

理由

一本件水田を被控訴人義博が管理耕作していること、同人が被用者らに命じて昭和四〇年六月一八日本件水田に粒状PCPを撒布させたことは当事者間に争いがなく、<証拠>によると、控訴人は山形県上山市高松字向里二、四二八番地、同所七七六番地に養鱒場を設け、同所で虹鱒の養魚を行つていたこと、右同日夕刻から右養鱒場ほおいて養魚中の控訴人所有の鱒の稚魚がにわかに苦悶して死亡し始め、その量は翌日午後にかけて約一、八〇〇キログラムに達したことが認められる。

二そこで、右鱒の死滅(以下本件事故ともいう。)の原因について考えてみるに、<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  本件水田は、九枚の田からなり、南から北に向つて順次低くなり、北側の一枚の田が最も低く、南方の田の水が順次北方の田に落ちるようになつている。そして右北側の一枚の田のうちでも図面甲L間の畦が他の畦よりも低くなつている。

(二)  本件水田の北側水路および西側水路の水は、いずれも南方にある思川から流れてくるもので、北側水路は図面KLの方向へ、西側水路はトヘホLの方向へ流れ、両者はL点において合流し、その流水の一部が本件養鱒場に流れ込むようになつており、控訴人は右流水を養魚に利用していた。当時北側水路は豊富に水が流れており、西側水路は水が少く、特に図面ト点の南側にはほとんど流水がなかつた。

(三)  被控訴人ハルコおよび三瓶正己は、被控訴人義博の依頼と指示により、昭和四〇年六月一八日午前から本件水田の除草をしたのち、午後四時三〇分頃から除草剤粒状PCP一二キログラムを本件水田約三反八畝に撒布し、午後五時三〇分頃これを終了した。

(四)  同日午後七時二〇分頃控訴人の妻文子が本件養鱒場を見たところ、養魚中の多数の稚魚が苦悶状態を呈して暴れ廻わり、次々と死滅していくのを発見した。

(五)  そこで控訴人が本件水田の前記北側の一枚の田を見たところ、満水状態となつており、図面甲点の北側の畦(約一メートル幅)、甲点―やぶ、乙点―丙点から溢水し、右水田の水が西側水路に相当量流れ落ちていた(特に乙点は畦が一時切れたような状態となつていた。)。控訴人は、右各点にわらを積むなどして右溢水を防いだ。なお、右鱒の死滅の状況は、酸素不足による窒息とは異り、かつて昭和三六年六月頃本件養鱒場にPCPが流入して死亡したときの鱒の状態と同一であつた。

(六)  翌一九日午後の現場の状況は、右各地点からいずれも溢水した形跡が明瞭に残つており、北側水路には流水があつて、えびなどが生存していたのに反し、西側水路のト点から北方L点にかけての水路には鱒の稚魚数匹、えびが死亡しており、ト点から南方の水路には鱒の屍体はなく、かえつて鱒の稚魚が生存していた。

(七)  PCP粒剤は、PCP(石炭酸フエノールに五つの塩素が入つた化合物)二五%、増量剤ベントナイト七五%の割合で均一に組成された除草剤であつて、通常水田に発生する雑草の芽を枯らすために用いられるものであるが、同時に魚毒性が非常に強い。PCP粒剤を水田に撒布すると、一旦沈澱したのち、徐々に表面から溶解して田の水に混合し、本件のように三反八畝の水田に一二キログラムのPCP粒剤を撒布した場合、それが均一に溶解すると、通常は一時間のちにはその水は虹鱒の半致死量(0.07PPM)に達し、順次その濃度を増し、七ないし一〇時間後にはほゞ全部溶解して九PPMという濃度(一〇〇倍にうすめてもなお虹鱒の半致死量を超える。)となる。そして右致死量を超えるPCPを吸い込んだ虹鱒は、PCPが急性毒であるため間もなく激しく苦悶して死亡するのを特徴とする。

(八)  昭和四〇年六月一八日夕刻頃他に本件養鱒場にPCPその他魚毒性のある物質が投入されもしくは流入した形跡は存しない(なお、本件事故の約七ないし一〇日前頃北側水路、西側水路の上流にある赤坂、藤吾地区において水田にPCP除草剤が撒布されているが、PCPは通常の天候状態においては撒布後三日を経過するとほとんど魚毒性を喪失するものであることからみると、右上流におけるPCPの撒布と本件事故との間には因果関係はなかつたものとみるのが相当である。)。

<証拠判断省略>

右に認定した事実によると、本件事故は、被用者らが本件水田に撒布したPCP粒剤の溶解した水が本件養鱒場に流入したことによつて生じたものとみるのを相当とする。

もつとも<証拠>によると、本件事故発生の通報を受けた上山警察署員が昭和四〇年六月一八日午後八時頃本件養鱒場および本件水田の北側一枚の田から水を採取し、これを山形県警本部に送付したこと同本部において同月二二日頃右採取した水(びん入り)に鮒を二時間放泳させたところ、右鮒には別断異状はなかつたことが認められるのであるが、他方<他の証拠>によると、PCP粒剤は水田に撒布されたのち直ちに溶解し始めるが、三、四時間後においても水に対する溶解がまだ均一ではないこと、鮒の致死量は鱒のそれの三倍程度であること、一旦水に溶解したPCPは、時の経過とともに次度に分解して毒性を喪失し始め、通常の天候状態においては前述のとおり三日を経過すると魚毒性を喪失し、特に日光にあたるとPCPの分解が急激に促進されること、採取した水に魚を放泳して魚毒性を実験する場合には二時間という時間は不充分で、二四時間程度が望ましいことが各認められるところ、本件の場合水田および養鱒場のいかなる部分から水が採取されたのか、<証拠>によると、本件養鱒場から水を採取した当時控訴人は鱒の死滅をくいとめるため他の入口をせきとめ、新しい水を多量に入れ替えていたことが認められるから、この点からも鑑定の資料としては適切なものではなかつたといえる。)、採取時から鑑定時まで果して日光を遮断するような方法で保管されていたかどうかが明らかでなく、採取時から鑑定時まで四日以上も経過していることおよび実験にあたり鮒を二時間程度放泳させたにすぎないことなどをも考慮に入れるとき、右実験の結果鮒が死亡しなかつたからといつて、本件事故が被用者らの撒布したPCPに起因するものではないとは断定し得ない。

三次に、<証拠>によると、被用者らは、被控訴人義博の指示、県の指導もしくはPCP除草剤包装袋に表示された使用上の注意に関する記載によつて、PCP除草剤は魚毒性が強く、PCPを撒布したのちに本件水田の水が溢水、漏水などして隣地の本件養鱒場に流入する(被用者らは、本件水田の水が溢水、漏水などすると前記北側水路および西側水路を通つて本件養鱒場に流入することを知悉していた。)と養魚中の虹鱒に被害を与えるおそれのあることを認識していたものと推認でき、従つて本件PCPの撒布にあたつては撒布後本件水田から溢水、漏水などのないよう水の取入口を完全に閉鎖し、畦を高くし、水田内の水量を減らすなど万全の措置をとるべき義務を有していたわけである。しかるに、前記認定のように撒布後間もなく、西側水路に相当量溢水があつたということは、右被用者らが前記注意義務を怠つたことを裏付けるものであり、右被用者らの行為は不法行為を構成し、被控訴人ハルコは民法七〇九条により行為者として、同義博は同法七一五条により使用者として、控訴人が本件事故によつてこうむつた損害を賠償する責に任ずべきである。

四進んで損害の数額について検討するに、<証拠>によると、控訴人は、(イ)本件事故後本件養鱒場の清掃費として一〇万円を支出し、(ロ)死滅した一、八〇〇キログラムの鱒の稚魚は、昭和四〇年九月末頃には約六、〇〇〇キログラムの成魚となり、一キロあたり四〇〇円、総額二四〇万円で販売できるようになるところ、その間飼料代として約一〇万円、人件費として一五万七、五〇〇円(男一人一箇月三万円、女一人一箇月一万五、〇〇〇円)、水を汲みあげるための電気料として一万七、五〇〇円合計二七万五、〇〇〇円を必要とするから、これを控除すると、同年九月末頃おいてその得べかりし利益は二一二万五、〇〇〇円となる。

控訴人は、本件事故により営業上の信用を失墜した旨主張するけれども、<証拠>によつても、その具体的な内容および信用失墜の程度を知ることができず、他にこれを認めるに足る証拠はなく、かえつて<他の証拠>によると、控訴人は本件事故発生後同証人から例年よりも二、〇〇〇貫程多くの鱒の成魚を買い受けて秋頃他に販売していることがうかがわれるから、控訴人が本件事故により営業上の信用を失墜したものとは到底認めがたい。

五してみると、被控訴人らは各自控訴人に対し、右(イ)(ロ)の合計二二二万五、〇〇〇円およびこれに対する右不法行為後の日である昭和四一年六月一九日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があり、本訴請求は右の限度で正当として認容すべきであるが、その余は失当として棄却すべきである。よつて、一部右と趣旨を異にする原判決を主文第一項のように変更し、民訴法三八六条、三八四条、九六条、九二条、九三条一項本文、一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(佐藤幸太郎 田坂友男 佐々木泉)

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